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名古屋高等裁判所 昭和22年(ナ)32号 判決

富山縣上新川郡上瀧町二三八番地

原告

野澤良雄

同縣西礪波郡戸出町北町九〇〇番地

右参加人

明野利吉

被告

富山縣選挙管理委員会

右代表者委員長

水上尚信

右当事者間の昭和二二年(十)第三二号当選無効請求事件についてつぎのとおり判決する。

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用中原告被告間に生じた部分は原告の負担、参加人被告間に生じた部分は参加人の負担とする。

事実

原告は「昭和二十二年四月五日に行われた富山縣知事選挙における館哲二の当選について原告が申立てた異議にたいして、被告委員会が同年四月二十九日與えた異議申立人の申立は相立たない旨の決定を取消す。同選挙における館哲二の当選は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、被告は「原告の請求はこれを棄却する」旨の判決ありたしと申立てた(以下省略)

理由

富山縣知事館哲二が昭和二二年一一月中辞任したこと公知のことであるによつて当裁判所に顯著である。從つて館哲二を知事の地位からしりぞけるという結果のみからみれば本件訴はその目的を欠くに至つて、訴の利益なしということができるけれども、館哲二の当選が無効である場合には、さらに選挙を行うことなく選挙会を開いて当選者を定める手続に進むこともあり得るのに、当選無効の判決によらず知事辞任によつて知事を欠くにいたつた場合には必ず特別選挙によつて知事を選挙せねばならないのであるから、館哲二の知事辞任によつて訴の利益がなくなるとはいえない。当選の有効無効は、なお、これを判決によつて定めなくてはならない。よつて本案にはいつて判断をあたえる。

昭和二十二年四月五日に行われた富山縣知事選挙に、館哲二が立候補し、同月八日の選挙会において最多数の投票を得たとして当選人と定められたこと、同年二十一日原告はこの当選に関して被告富山縣選挙管理委員会に異議を申立て、同月二十九日被告委員会はこれにたいして「異議申立は相立たない」との決定をあたえたこと、及び原告並に参加人が右選挙における選挙人であることは、本訴当事者間に爭のないことに徴し眞実と認める。原告が同年五月十九日右決定に不服であるとして当裁判所に本件訴をおこしたことは記録に明らかであり、この五月十九日は前記決定後二十日であるから、決定の出訴期間内であること明らかである。

甲第一、二号號証(登記簿抄本)及び眞正に成立したものと認められる甲第三、四号証(財團法人大日本警防協会長の(証明書、財團法人警察協會の証明書)によると館哲二は昭和十四年六月十九日から同年九月五日まで財團法人大日本警防協会副会長兼理事昭和十三年六月二四日から昭和十四年九月五日まで財團法人警察協会理事であつたことが認められる。

館哲二が立候補届出にあたり昭和二十二年勅令第一号第八條に從つてその写を併せ提出した同勅令にいわゆる覚書該当者でないことを証明する確認書を得るために内閣総理大臣に提出した調査表に前記認定の職歴の記載がなかつたとの原告主張は、被告がこれを認めることに徴し眞実と認めることができる。また、昭和二十二年六月三十日附の総理廳令内務省令第三号で昭和二十二年閣令内務省令第一号の一部改正が行われた結果、言論報道の取締及び檢閲を行つた者並びに言論報道機関の役員として追加せられた基準に該当するものとして、館哲二が昭和十三年六月二十四日から昭和十四年九月五日まで内務次官、昭和十四年十二月五日から昭和二十一年一月三十一日まで軍人援護会長、昭和十四年六月十九日から同年九月五日まで財団法人大日本警防協会副会長の地位にあつたことを理由として、昭和二十二年十一月七日覚書に該当する者としての指定をうけたことは、本件当事者間爭のないこと及び甲第五号証(総理廳官房監査課長の証明書)によつて認められる。

さて以上の事実関係において、前記確認書は昭和二十二年閣令内務省令第一号の第九條第四項に照し、はたして無効であるか有効であるか。これが本件における基本の問題である。

右閣令内務省令第一号第九條第四項に該当する場合に「確認書が効力のない」のは確認書交付の当初からなのか、または、その後のある時期からであるかを考えてみよう。この点について右第四項の前段と後段とは區別する必要がある。後段においては「調査表に記載されていない事由により確認書を有する者が覚書に該当する者と認められるに至つたとき」をいつて、確認書の「効力がない」ことを確認書交付の時以後に起り得べき事実の発生にかからせているから、確認書の効力は交付の時に発生し、かつ、存続し、ここに定める事実が発生すると「効力がないもの」となる(無効は將來に向つてのみ生ずるか、または過去にもさかのぼるのかは、しばらくおく)と解すべきことは、ほとんど自明ということができ「覚書に該当する者と認められる」というは、有権的に、いいかえれば、権限ある機関によつてさように認められること、即ち覚書該当の指定のあることを意味すると解すべきである。しかしながら調査表は確認書を得るために提出する書面であり、從つて確認交付より前につくられるものであるから、前段に、「(前略)確認書は(中略)調査表に虚僞の記載があり又は事実をかくした記載あるとき」というは、確認書交付の時より前に起つた事実この調査表の記載が眞実に反するとの事実は確認書交付の当時には資格審査当局者ないし確認書交付当局者には知られていないにしても、客観的にはすでに存在した事実なのである。即ち前段においては確認書の「効力がない」ことを確認書交付の時からみて過去の事実にかからせてあるのであつて、確認書の効力発生の障得たるべき事実を規定しているといわなければならない、從つてここにこの障得たるべき事実を規定しているといわなければならない。從つてここに定められる事実が存在する場合には確認書は交付されても、交付の当時すでに効力発生が妨げられて一秒の間といえども効力を生ぜず始めから「効力がない」のである、かように解することが物の道理事の筋合にもつともよく合致するものであることは、民法第百三十一條第一項に、法律行爲の当時すでに成就せる解除條件について規定するところに徴しても明らかである。されば、この前段をも後段と同樣に「調査表の記載が不完全でもあるときは、たとえ、確認書が交付されていても昭和二十二年勅令第一号第四條の規定が適用され、覚書該当者としての指定をうけることがある旨を明らかにしたに外ならない」とし、(調査表に虚僞の記載があり又は事実をかくした記載があつても、これがために確認書自体は当然に失効するものではなく、ただ新事実の発見により、本人の資格が再審査され、その結果覚書該当者でない旨の確認が取消され覚書該当者として指定をうけた場合に、確認書が効力を失うのである」との解釈は、これは被告の報告によれば(乙第一一号証の二)昭和二十二年十一月二十一日当時の内閣官房長官及び内務省地方局長の見解であるが、とうてい採用することができない。かように解することはできない。かように解することは、この第四項が前段後段に分けて規定されていることを全然無視するものであるのみならず調査表の記載の不完全のほかに、前段の文句のどこからも、またこの閣令内務省令全体のどこからも、うかがい得ないこと、即ち、新事実の発見によつて再審査が行われ、その結査覚書該当者としての指定があるとの事実を確認書の無効を來すための要件としてつけ加えているのであつて、いささか、こじつけ解釈のきらいをまぬがれない。

なお前に説明したこの第四項後段によつて生ずる確認書の無効は、これまで有効であつた確認書が將來に向つてのみ効力がないことになるのか、または既往にさかのぼつて無効となるのか、の問題がある。覚書に該当する者と認めること、いわゆる追放は將來を目的とする処分と解すべきであるから、この追放処分の趣旨に照して考えると、この後段の適用によつて生ずる確認書の無効は將來に向つてのみ生ずるのであつて、既往にさかのぼることはないと解するのが相当である。

かようなわけであるから前記認定の職歴不記載が、「調査表に虚僞の記載があり又は事実をかくした記載がある」ことに該当するならば、館哲二の確認書は交付の時から全然無効であつたと認めなければならない。そこで前記不記載は、はたしてこの規定に該当するか否を考えるに、この規定の目的とするところは、昭和二十二年勅令第一号(公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令)の第一六條第一項一号の刑罰規定と同じく、調査表の記載をできるかぎり眞実に合致させようとするにあつて、それはまだ、これによつて、公職適否審査委員会が提出者の覚書に該当する者であるか否を判定するためである。そのためには、調査表はなるべく詳細に細大漏さず記載されることが望ましく、提出者の判断によつて必要なしとして省略することは、けだし、事の便宜に適するものではない。しかしながら調査表の記載をやかましくいうのは結局のところ、調査表の記載の不完全によつて、本來覚書該当指定をうくべき者がこれをまぬがれるということのないように、というためであり、ことに問題の第四項前段は、本來覚書該当指定をうくべき者が調査表の記載の不完全によつて非該当確認書を得た場合に、その誤れる確認書の効力を妨げることによつて、追放政策を徹底させようというにあると解すべきであるから、調査表に虚僞の記載又は事実不記載があつても、それが、もし眞実の記載がしてあつたならば覚書該当の指定をまぬがれないはずだという性質の事実に関しないかぎり調査表を提出せしめる目的は逹せられるのである、從つて、虚僞の記載または事実不記載が確認書交付当時の標準によれば、仮に眞実の記載があつたとしても、それによつて覚書該当指定をうけるはずはなかつたと認められる事実に関する場合にはその調査表を提出して得た確認書の効力発生を妨げる必要はないわけである。前記勅令の第十六條第一項に、調査表の「重要な事項」についてのみ、虚僞記載または事実不記載に刑罰を科すると定められるのは、いま説明したような関係にある事実についてのみ、きびしく、眞実の記載を要求しているものと解せられるのである。

いま、本件確認書交付当時の覚書該当者として指定をすべき基準に照すに、本件における前記認定の不記載事項は、かりにこれが調査表に記載せられて、この職歴が審査当局に明らかになつたとしても、館哲二が覚書該当の指定をうけることはなかつた事実であることが明かである。從つて、本件確認書は第四項前段の適用によつて効力がないものと認められるベきものではないのである。また館哲二が、前に示した通り、昭和二十二年十一月七日覚書該当者として指定されたことは第四項後段に該当すると認められるが、この後段の意味は前に説明したとおりであつて、本件確認書は右該当指定によつて將來に向つてのみ効力がないものと認められるのであるから、本件選挙当時にはもちろん、有効な確認書であつたのである。

かような次第で館哲二が立候補届出に際してその写を提出した確認書は有効であつて、立候補届出はなんら要件を欠いてはいないのであるから、館哲二は適法な候補者であつたのである。從つて館哲二の当選を無効だと主張する原告の異議は理由がなくこの異議を排斥した被告委員会の決定は結局正当である。

よつて、本件請求は棄却すべきものと認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條第九十四條を適用して主文のとほり判決した次第である。

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